年金脱退一時金申請後の将来の年金への影響
本記事は日本の行政機関等の公式情報や一般的な社会ルールをもとに、制度や手続きを整理して提供するものです。個別の手続きや契約に関する判断については、必ず各管轄窓口やサービス提供会社等にてご確認ください。
- 脱退一時金とは、日本での年金加入期間が10年に満たない外国人が帰国する際、支払った保険料の一部を受け取ることができる制度です。
- 脱退一時金を受け取ると、それまで日本で年金保険料を支払ってきた「加入期間」の記録がすべて「ゼロ(無効)」になります。
- 将来、再び日本に来て働く可能性がある場合、年金記録がリセットされることで、将来の日本の年金を受け取るための条件(原則10年の加入)を満たせなくなるリスクがあります。
- 母国と日本が「社会保障協定(年金加入期間の通算)」を結んでいる場合、脱退一時金を受け取ると、その期間を母国の年金期間と合算できなくなります。
- 厚生年金の脱退一時金には20.42%の所得税がかかるため、出国前に「納税管理人」を選任し、後日税金の還付手続きを行う必要があります。
年金脱退一時金とは何か(制度の基本概要)
日本の公的年金制度(国民年金および厚生年金)は、日本国内に住む20歳以上60歳未満のすべての人に加入と保険料の支払いを義務付けています。これは外国籍であっても例外ではありません。
日本の年金制度では、将来「老齢年金」を受け取るためには、原則として「10年間(120ヶ月)」以上、保険料を支払う必要があります。しかし、数年間だけ日本で働き、10年未満で母国へ帰国する外国人は、年金を受け取る権利を得られないまま、支払った保険料が掛け捨てになってしまう問題が生じます。
この問題を解決するために設けられているのが「脱退一時金(だったいいちじきん)」制度です。一定の要件を満たした外国人が、日本を出国した後(または住民票を抜いた後)に日本年金機構へ請求を行うことで、過去に支払った保険料の一部が一時金として返金されます。
脱退一時金を申請するための4つの絶対条件
脱退一時金を請求するためには、以下の4つの条件を「すべて」満たしている必要があります。
- 日本国籍を持っていないこと: 外国籍であることが前提です。
- 公的年金の加入期間が6ヶ月以上あること: 国民年金、または厚生年金の保険料を納付した期間が合計で6ヶ月以上必要です。
- 日本国内に住所を有していないこと: 市区町村の役所で「転出届」を提出し、住民票が日本にない状態(非居住者)でなければなりません。
- これまでに年金(障害年金など)を受け取る権利を得たことがないこと: 過去に日本の年金を受け取ったことがある人は対象外です。
また、申請には厳格な期限があります。「日本国内に住所を有しなくなった日(出国日など)」から「2年以内」に日本年金機構へ請求書を提出する必要があります。2年を1日でも過ぎると、請求する権利を完全に失います。
【最重要】申請すると過去の年金加入期間が「ゼロ」になる
脱退一時金を申請する上で、最も理解しなければならない極めて重要なルールがあります。
それは、「脱退一時金を受け取った時点で、その金額の計算の基礎となった年金加入期間は、すべてなかったもの(ゼロ)として扱われる」という点です。
例えば、日本で5年間働き、厚生年金を納め続けた人が帰国時に脱退一時金を受け取ったとします。この場合、「5年間年金を支払った」という日本政府の公式な記録は完全に消去されます。
後から「やっぱり一時金を返すから、年金記録を元に戻してほしい」と申し出ても、法律上、一度消滅した記録を復活させることは絶対にできません。
再来日して働く場合への影響(受給資格の喪失リスク)
過去の年金記録が「ゼロ」になることで、最も大きな影響を受けるのは「将来、再び日本に来て働くことになった場合」です。
前述の通り、日本の老齢年金を受け取るための最低条件は「10年間の加入」です。
脱退一時金を受け取らずに帰国した場合、過去の加入記録はそのまま維持されます。そのため、数年後に再来日した際、以前の記録と新しい記録を足し合わせて10年を目指すことが可能です。
しかし、脱退一時金を受け取って記録をリセットしてしまった場合、再来日した際は「加入期間0ヶ月」からの再スタートとなります。年齢によっては、そこから新たに10年間の加入期間を満たすことが物理的に不可能になり、結果として日本の年金を一生受け取れなくなるリスクが生じます。
外国人が陥りやすい誤解(具体的な計算例)
多くの外国人が誤解しやすいケースを、具体的な例を用いて説明します。
【Aさんのケース:一時金を受け取った場合】
- 20代で来日し、日本のIT企業で「4年間」勤務。
- ベトナムへ帰国する際、脱退一時金を申請し、お金を受け取った。(この時点で日本の年金記録は0年になる)
- 3年後、再び日本で働くチャンスを得て再来日し、「7年間」勤務して母国へ帰国。
- 結果: Aさんの日本の年金加入期間は「7年」です。(最初の4年はリセットされたため足し算できません)。10年に満たないため、将来日本の老齢年金は一切受け取れません。
【Bさんのケース:一時金を受け取らなかった場合】
- 20代で来日し、日本のIT企業で「4年間」勤務。
- 将来また日本に来るかもしれないと考え、一時金は申請せずに帰国した。(日本の年金記録4年が維持される)
- 3年後、再び日本で働き、「7年間」勤務して母国へ帰国。
- 結果: Bさんの日本の年金加入期間は「4年 + 7年 = 11年」となります。10年という条件をクリアしたため、原則65歳になった時、母国にいながら日本の老齢年金を毎月受け取る権利を得ます。
社会保障協定(年金加入期間の通算)との関係
日本は、海外との間で年金保険料の二重払いを防ぐため、および年金加入期間を合算(通算)するために、多くの国と「社会保障協定」を結んでいます。
(※アメリカ、ドイツ、フランス、韓国など多数。ベトナムとは現在「二重加入の防止」に関する協定は発効していますが、「年金加入期間の通算」については確認が必要です)。
自分の母国が日本と「年金加入期間の通算」ができる社会保障協定を結んでいる場合、脱退一時金の請求はさらに慎重な判断を要します。なぜなら、脱退一時金を受け取って日本の年金記録をゼロにしてしまうと、その期間は「母国の年金制度の加入期間」としても合算できなくなるからです。目先の一時金を受け取ることで、将来母国で受け取る年金が減る、あるいは受給資格そのものを失うリスクがあります。
将来の「永住許可申請」やビザへの影響について
脱退一時金を受け取ること自体は合法的な権利の行使であり、それだけで直ちに将来の就労ビザ審査が不許可になることはありません。
しかし、将来「永住権(永住者ビザ)」を取得したいと考えている場合、注意が必要です。永住許可申請では、過去の一定期間(直近2年間や5年間など)の年金保険料を適正に支払っているかが厳しく審査されます。
一度帰国して年金記録をリセットし、再来日してからの期間が短い状態で永住申請を行うと、「継続して長期間、日本の社会保障に貢献している」という実績を証明しにくくなる可能性があります。日本への永住を視野に入れている場合は、帰国時に脱退一時金を申請せず、記録を残しておくことが一般的な定石とされています。
受け取る金額の計算方法と上限年数(最大60ヶ月)
脱退一時金として受け取れる金額は、自分が支払った保険料の全額がそのまま戻ってくるわけではありません。加入していた制度(国民年金か厚生年金か)と、加入期間によって計算式が厳密に定められています。
- 国民年金の場合: 保険料を納付した月数に応じて、定額が支給されます。
- 厚生年金の場合: 加入していた期間の「平均標準報酬額(給与や賞与の平均)」に、加入期間に応じた「支給率」を掛けて計算されます。給料が高かった人ほど、受け取る金額も高くなります。
【重要な注意点:上限は60ヶ月(5年)】
法改正により、2021年(令和3年)4月以降の計算期間については、脱退一時金として計算される期間の上限が「60ヶ月(5年)」に引き上げられました(それ以前は36ヶ月でした)。
つまり、日本で「8年間」働いて保険料を支払い続けた場合でも、返金されるのは最大「5年分(60ヶ月分)」の計算にとどまります。残りの3年分の保険料は完全に掛け捨てとなります。長期滞在した人ほど、脱退一時金をもらうよりも、10年間の加入を目指して年金として受け取る方が経済的なメリットが大きくなります。
脱退一時金にかかる税金と還付手続き(20.42%の源泉徴収)
脱退一時金の手続きにおいて、外国人が最も混乱するポイントが「税金」の扱いです。
- 国民年金の脱退一時金: 税金はかかりません。決定された金額がそのまま指定の口座に振り込まれます。
- 厚生年金の脱退一時金: 日本の法律により「退職所得」として扱われ、支給される際に自動的に「20.42%」の所得税が差し引かれます(源泉徴収)。
例えば、厚生年金の脱退一時金が100万円と計算された場合、実際に口座に振り込まれるのは約80万円弱となります。差し引かれた20.42%の税金(約20万円)は、後から日本の税務署へ「退職所得の選択課税による還付申告」を行うことで、その多くを取り戻すことが可能です。
【税金の還付を受けるための必須手続き】
- 日本を出国する前に、日本国内に住んでいる友人や同僚を「納税管理人」として定め、管轄の税務署に「納税管理人の届出書」を提出します。
- 帰国後、脱退一時金が振り込まれ、日本年金機構から「脱退一時金支給決定通知書」が実家に郵送されます。
- その通知書の原本を、日本にいる納税管理人に郵送します。
- 納税管理人が本人に代わって税務署で確定申告(還付申告)を行います。
- 税金が納税管理人の口座に還付されるので、それを海外の本人へ送金してもらいます。
出国前に納税管理人の届出を忘れると、後から税金を取り戻す手続きが非常に困難になるため、必ず出発前に準備を済ませてください。
脱退一時金を「申請するべきか・残すべきか」の判断基準
以下の基準を参考に、個人のキャリアプランに合わせて慎重に判断してください。
【申請を推奨するケース】
- 二度と日本に戻って生活する予定や働く予定がない人。
- 日本での加入期間が数年であり、今後どう頑張っても10年の受給資格を満たす見込みがない人。
- 母国が日本と「年金加入期間の通算」に関する社会保障協定を結んでいない人。
【申請せず記録を残すことを推奨するケース】
- 数年以内に再来日し、再び日本で働く可能性が高い人。
- 日本での年金加入期間がすでに7年〜9年などに達しており、あと少しで10年の受給要件を満たす人(上限5年分しかもらえないため、損になります)。
- 将来、日本での永住権取得を明確な目標としている人。
- 母国が日本と年金通算の社会保障協定を結んでおり、記録を残すことで母国の年金受給に有利に働く人。
具体的な申請手続きの流れと必要書類
脱退一時金の請求手続きは、帰国前に行う事前準備と、帰国後に行う本申請に分かれます。
【準備するもの】
- 脱退一時金裁定請求書(日本年金機構のウェブサイトから多言語版をダウンロード可能)
- パスポートのコピー(顔写真のページ、日本を出国した日付のスタンプがあるページ、または帰国の航空券の控えなど)
- 日本国内の住所を失ったことを確認できる書類(市区町村で転出届を出していれば、住民票の除票などが該当します)
- 振込先の銀行口座の情報がわかる書類(通帳のコピーや、銀行が発行した証明書。海外の銀行口座も指定可能です)
- 基礎年金番号通知書、または年金手帳
【手続きの流れ】
- 出国前に、市区町村の役所で「転出届」を提出し、住民票を抜きます。
- 厚生年金の場合、出国前に税務署で「納税管理人の届出書」を提出します。
- 日本を出国します。
- 海外の自宅から、日本年金機構(外国業務グループ)宛に請求書と必要書類を国際郵便で郵送します。(日本国内にいる間に郵送することも可能ですが、転出日以降でなければ受け付けられません)。
- 審査が行われ、問題がなければ数ヶ月後(通常は4ヶ月〜6ヶ月程度)に指定した銀行口座に一時金が振り込まれます。
よくある質問(FAQ)
脱退一時金の請求条件は「日本国内に住所を有していないこと」です。したがって、役所に転出届を提出して「転出予定日」を過ぎた後であれば、日本を出国する直前に日本の郵便ポストに請求書を投函することは可能です。しかし、転出届を出す前に郵送すると審査で不許可になります。
できません。脱退一時金が振り込まれる口座は、必ず「請求者本人名義」の口座である必要があります。名義が異なる場合、送金エラーとなり手続きが長期間ストップします。アルファベットの綴りなども正確に記載してください。
技能実習から特定技能へ移行し、引き続き日本に滞在して働く場合は、「日本国内に住所を有していないこと」という条件を満たさないため、そもそも脱退一時金を請求できません。そのまま年金記録を継続してください。
情報源
- 日本年金機構「脱退一時金に関する手続き」(https://www.nenkin.go.jp/service/ikinari/dattai/20150420.html)
- 日本年金機構「脱退一時金制度(多言語対応パンフレット)」(https://www.nenkin.go.jp/international/)
- 国税庁「退職所得の選択課税(納税管理人の届出と還付申告)」(https://www.nta.go.jp/taxes/shiraberu/taxanswer/shotoku/1440.htm)
- 厚生労働省「社会保障協定の締結状況」(https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/nenkin/nenkin/kyoutei/index.html)
※ 個別の年金加入記録の確認や、具体的な受給見込み額のシミュレーションについては、日本年金機構の「ねんきんダイヤル」または最寄りの年金事務所へ直接確認してください。
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